2009年09月21日

「小野お通おぼえ書き」始めます

はじめまして。詞己(しき)と申します。

このブログでは、講談社の女性マンガ雑誌「BE LOVE(ビーラブ)」連載中の大和和紀『イシュタルの娘〜小野於通伝〜』の感想を中心に、主人公の小野於通(小野お通)に関する情報をまとめていきます。戦国時代(安土・桃山時代)から江戸時代初期の服飾などの時代考証や、関連人物などについても調べていきます。

小野於通(小野お通/おののおつう)は戦国時代から江戸時代初期に生きた、書画に優れた名だたる才女でした(1568-1631)。
織田信長や豊臣秀吉の妻女に仕え、醍醐の花見(秀吉最後の大イベント)に列席し、千姫(徳川秀忠の娘。豊臣秀頼の嫁)や東福門院(徳川秀忠の娘。後水尾天皇の中宮)の輿入れに介添えするなど、戦国時代の天下人たちに信頼された女傑です。
書道では「お通流」という当時の上流女性に流行した流派を築き、残された手本は江戸時代に何度も出版されました。絵画では人物画をよく描き、徳川家康を描いた肖像画も残っています。

お通の娘が真田信之(真田幸村の兄)の息子の側室になり、その息子が真田勘解由家(真田家の分家)を起こし、その子孫にお通の書画や手紙などが伝えられました。

浄瑠璃「十二段草子」の作者という伝承が江戸時代にありましたが、浄瑠璃の成立がお通の誕生より前という指摘が江戸時代後期の戯作者・柳亭種彦から出されていて、現在は浄瑠璃の祖という説は否定されています。

お通の名は「小野お通」「小野於通」「小野阿通」「小野通」「小野通女」などいろいろな書き方がありますが、このブログでは一般的な「小野お通」と表記します。
『イシュタルの娘』の感想文では「小野於通」と書きます。

内容の一部は、別のブログに書いた記事を転載します。
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posted by 詞己 at 02:31 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする