2016年01月05日

大和和紀「イシュタルの娘〜小野於通伝〜」その51感想〈BE・LOVE2016-02〉

「イシュタルの娘〜小野於通伝〜」 〈伝その51 信尹の願い〉
大和和紀(38ページ)
「BE‐LOVE(ビーラブ) 2016年1月15日号(2号)」講談社(2015年12月28日発売)

《感想》
雑誌表紙右下に於通のイラスト入り。

今回は「大坂冬の陣」と「信尹死去」。
信尹が亡くなったのは大坂冬の陣の期間。
関白まで務めた人物が、天下分け目の大戦で何もできないのは相当悔しかったであろう。

川と二重堀に守られた難攻不落の大阪城に、唯一の弱点の南側に真田丸を築いて戦上手の真田幸村が陣取って、ものすごく優位な戦況に持ち込めた。なのに大砲で本丸を直接攻撃したら、淀の方が恐れをなして停戦を申し出た。いろいろ残念な人だな。



BE・LOVE 2016年2号1月15日号 [2015年12月28日発売] [雑誌]
【アマゾン】電子書籍版あり

★次回掲載は2016年8号(4月1日ごろ発売)。

「イシュタルの娘〜小野於通伝〜」大和和紀|BE・LOVE|講談社コミックプラス
(出版社公式ページ)
※第1話試し読み。最新話のダイジェスト。

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《あらすじは続きへ》

《あらすじ》
徳川軍が大阪に向かう。
徳川秀忠の妻・江与は、自分の姉や娘がいるのに大阪城を攻めるのかと夫に詰め寄るが、秀忠は逃げてしまう。
秀忠では話にならないと、家康に文(手紙)を直接送り続けるが無視される。
家康の元に、真田幸村が九度山を脱出し大阪城に入ったと知らせが届く。

幸村の兄・信之は国許で病に臥せっていた。参戦できぬ信之の代わりに、息子の信吉(19)と信政(17)が大阪に出陣する。

徳川方20万人、豊臣方10万人が集まり、大阪冬の陣が始まる。
豊臣の軍議では、幸村など浪士たちが城を出て敵の先鋒を急襲するよう提言するが、豊臣の家臣たちは籠城するという。軍議に参加した淀の方の一声で、籠城作戦が決まる。
御大将の秀頼が一言も発言せず、実戦経験がとぼしい家臣たちは浪人たちのいうことに耳を貸さない、お寒い内情に幸村たちはあぜんとする。

徳川軍が続々と関西に到着し、大阪城内に兵士が増えた。それでも奥御殿いつもと変わらぬ様子。大阪城は難攻不落の城だから安全だと淀の方は於通に言う。
於通は大阪城内で幸村を訪ねる。大阪城は川と二重の堀で守られているが、南側は弱いのでここを守る出丸(砦)「真田丸」を作っていた。

夜更けに於通の屋敷に使いが来た。信尹の容体が急変したというので、於通は急いで近衛の屋敷に駆けつけた。寝所で二人きりで話す於通と信尹。最期と覚悟した信尹は、部屋に用意してあった抱え筒(携帯用の銃)を於通に託し、幸村にこれを渡して家康を討てと伝えるように頼んだ。
別れの挨拶をした於通は、太郎を連れて屋敷に帰る。信尹の臨終は近衛家の跡取りの信尋や親族たちが看取った。
慶長16年11月25日、近衛信尹没す。享年49。

11月30日、大阪城の周囲の砦が撃破され、大坂方が籠城する。
於通はぬばたまの助けで、東方が取り囲む大阪城に忍び込む。信尹から頼まれた抱え筒を幸村に託し、家康を討つように頼んだ。帰りは城外に通じる抜け穴を幸村に案内してもらった。

12月5日、幸村は東方の前田勢を挑発して真田丸におびき寄せて、東方軍に痛手を負わせた。
この真田丸の勝利で、真田幸村の武名が天下にとどろく。
東方の兵が引き上げた隙に、大坂方が付近の食料を買い占めた。遠征している東方軍は兵糧が尽きて困り始めた。
家康は輸入品の大砲を持ち出し、大阪城の本丸を砲撃した。砲撃に恐れをなした淀の方は講和すると言い出した。
12月20日、大坂冬の陣終了。

《戦国時代の着物などの参考文献》
時代考証・日本文化/和服参考文献@夏貸文庫

《小野於通関連書籍》
小野於通(おののおつう/小野お通)に関する書籍

信尹の素顔と太郎姫『三藐院 近衛信尹―残された手紙から』前田多美子〈思文閣出版〉
posted by 詞己 at 17:00 | TrackBack(0) | 「イシュタルの娘」感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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