2017年10月19日

大和和紀「イシュタルの娘〜小野於通伝〜」その63感想〈BE・LOVE2017-17〉

「イシュタルの娘〜小野於通伝〜」 〈伝その63 修羅の道〉
大和和紀(36ページ)
「BE‐LOVE(ビーラブ) 2017年17号9月1日号(17号)」講談社(2017年8月12日発売)

《感想》
次回(11月1日ごろ発売)が最終回です。

「修羅の道」は、血にまみれた手で栄華をつかんだおふく(春日局)が進む道。

物語では、後水尾天皇と幕府のもめごとは端折って終わりそうですね。
実在の後水尾天皇は「紫衣事件」や春日局(おふく)が無位無官で参内する事件などで皇室を軽んじる幕府と敵対した後、幕府に無断で娘の明正天皇に譲位して上皇になります。

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BE・LOVE 2017年17号9月1日号 [2017年8月12日発売] [雑誌]
【アマゾン】電子書籍版あり

★次回掲載は2017年22号(11月1日ごろ発売)。最終回+スペシャル企画。

「イシュタルの娘〜小野於通伝〜」大和和紀|BE・LOVE|講談社コミックプラス
(出版社公式ページ)
※第1話試し読み。最新話のダイジェスト。

BE・LOVE|講談社コミックプラス
雑誌公式サイト

《あらすじは続きへ》
《あらすじ》
中宮(和子)に呼ばれた於通は、呉服屋「雁金屋」の使いの者と称して参上した。
中宮は、後水尾帝の病のことで於通に相談する。
帝の玉体に俗人が触れてはならぬと、医師が直接触れて診察することを所司代が止めていた。
中宮付きの中臈である初島局も高橋局も信用できなくなっていた。

中宮に頼んで、於通が清涼殿で伏せっている帝の様子を直接見に行くと、病の気とは違うものが帝にとりついていた。
清涼殿から人払いして、於通が一人で帝の看病をするように取り計らってもらう。
ぬばたまを介して飯綱太夫を呼び帝の容体を見てもらうと、ヒ素中毒と判断する。
太夫はまず帝の取りついた「念」を払い、於通にヒ素の解毒治療を指示する。
於通の治療で帝の容体が回復するが、犯人が逃げないようにしばらく情報を伏せるように太夫が言う。

帝の食事の記録を、容態が悪くなった半年分調べてみると、帝の好物の「あかぞろ」が出された日は必ず小園という女官がお膳を運んでいたことを突き止める。この者が帝の食事に少量ずつヒ素を混ぜていたと推測する。
小園を探しに行くと、三日前に亡くなっていた。仕事を辞めて御所を出たところで強盗に殺されたという。
小園が高橋局の紹介で御所に入ったと聞き、於通は事件の背後のおふくの存在に気づく。
高橋局を探したところ、懐刀を振り回して於通に切りつけてきたが退けられ、おふくへの忠誠を叫びながら自害してしまう。
初島局も首をくくって自害した。
太夫はぬばたまに命じて、二人の亡骸を始末させる。

密かに於図を清涼殿に連れてきて、於通の身代わりをさせる。
於通と太夫は江戸城のおふくを訪れる。
おふくの寝所に初島局と高橋局の首を届ける。
おふくは帝を病気にするぐらいと思っていたが、部下たちの忠義が暴走して毒殺未遂事件になっていた。
おふくに表立って罰は下せないが、これからは皇室に手を向けるようなことがないようにくぎを刺す。

清涼殿から人払いしてから半月が過ぎ、宮中人たちが帝の容体を心配しているところに、帝が元気な姿を現す。
於通が通力で病気を退散させたと帝が言ったことから、小野於通には並々ならぬ通力があると世間の評判になる。
屋敷には加持祈祷を頼む人が押し寄せるが、事件の真相が知られるよりはと於通は黙っていることにする。


《戦国時代の着物などの参考文献》
時代考証・日本文化/和服参考文献@夏貸文庫

《小野於通関連書籍》
小野於通(おののおつう/小野お通)に関する書籍

信尹の素顔と太郎姫『三藐院 近衛信尹―残された手紙から』前田多美子〈思文閣出版〉


posted by 詞己 at 01:51| 「イシュタルの娘」感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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